クム産地での『洗い』工程 — 織り終わってからの仕上げ
2026-05-05 ・ 永田真人

クムの郊外に、絨毯の「洗い場」と呼ばれる広い空間があります。何百枚もの絨毯がコンクリートの床に広げられ、職人たちが大きなブラシと鉄製のヘラで作業をしている光景は、初めて見たとき言葉を失いました。「織り上がって完成かと思った絨毯が、まだ仕上げの一歩手前にあるのだ」と気づいたのは、その光景を見てからです。
ペルシャ絨毯は、織り終わってから「洗い」という工程を経て、ようやく市場に出ます。日本で「洗い」というと、使い込んで汚れたものを綺麗にする作業を想像されるかもしれません。しかし、ペルシャ絨毯の洗いは、新品の絨毯にこそ必要な、仕上げの工程です。
なぜ織り上がってから洗うのか
理由は大きく三つあります。
一つ目は、織りの過程で付着した余分なものを取り除くため。何ヶ月、長ければ数年にわたる織りの間に、細かな羊毛のくず、ホコリ、糸の切れ端、染色時の余分な染料などが、繊維の奥に少しずつ蓄積します。これらを丁寧に洗い流すことで、絨毯本来の色彩がはっきりと立ち上がります。
二つ目は、繊維をほぐして柔らかさを引き出すため。織り上がった直後の絨毯は、繊維がぎゅっと詰まって硬く、本来のしなやかさを発揮できません。水と石鹸で洗うことで繊維が適度にほぐれ、シルク特有のとろけるような手触り、ウールの弾力ある柔らかさが生まれます。
三つ目は、織り目を引き締めて耐久性を高めるため。水を含んでから乾燥するときに、糸が締まり、結び目が安定します。これがペルシャ絨毯の「使い込んでも崩れない」耐久性につながります。
伝統的な洗いの手順
洗いの手順は、地域や工房によって細部が違いますが、クム周辺で広く行われている方法はおおむね次の通りです。
まず、コンクリートの広い洗い場に絨毯を広げ、たっぷりの水をかけます。続いて、自然由来の石鹸(オリーブオイル石鹸など)を使って、大きなブラシで絨毯の表面を擦ります。職人は、パイル(毛足)の向きと素材の状態を見ながら、ブラシをかける角度と力加減を変えていきます。シルクとウールでは、力の入れ方も向きも違います。
洗いが終わると、次は脱水です。家庭の洗濯機のように回転で絞ることはできないので、伝統的にはペルシャの絨毯洗いの現場で使われる、鉄製のヘラに似た大きな道具(クタンと呼ばれることがある)で、絨毯の上を何度も滑らせて水分を押し出します。リズミカルに動かしながら、繊維を傷めずに均等に水を抜く動作には、長年の感覚が必要です。
天日干し — クムの乾燥気候が向いている理由
水分を押し出した絨毯は、屋外に広げて天日干しします。クム周辺の気候は、特にこの工程に向いています。夏の日中は湿度が10%台まで下がる日もあり、強い日差しと乾いた風で、絨毯は数時間でムラなく乾きます。
太陽の光と乾いた風で乾かすことには、もう一つの効果があります。染料の発色が安定し、色が落ち着く。化学的な乾燥機ではなく自然の力で時間をかけて乾かすことで、長く色を保てる仕上がりになると、現地の職人は口を揃えます。
この乾燥工程ばかりは、日本国内では再現が難しい部分です。日本の気候では湿度が高く、自然乾燥に時間がかかりすぎる。クムでこそ完成する仕上げと言えます。
クムの水質がもたらす独特の風合い
クムの「洗い」が現地以外でも知られているのは、水質の違いも一因です。クム周辺の地下水には、ごく微量の塩分が含まれていると言われています。この塩分が、シルクやウールの繊維に作用して、洗い上がりに独特の柔らかさを与えるのだとされています。
水質の効果がどれほど厳密に検証されているかは別として、現地の職人たちは「クムで洗うと別物になる」と異口同音に言います。実際、タブリーズやイスファハーン、ナインで織られた絨毯が、わざわざクムまで運ばれて洗いの工程だけを依頼されることがあります。それほど、クムの洗いには現地ならではの仕上がりがあるのです。
もちろん、塩分の含有量は工房や年代によってもばらつきがあるので、「クムの水だから絶対」というほど断定はできません。ただ、現地で長年仕事をしている職人の判断が積み重なってきた経験則として、クムの水と気候の組み合わせが、絨毯の仕上げに合っているという事実があります。
産地クリーニングという選択肢
動画は、クム産地で行われている洗いの工程です。広い洗い場、ブラシでの擦り洗い、ヘラでの脱水、天日干し、それぞれの作業がリアルタイムで映っています。
使い込んだペルシャ絨毯のクリーニングを検討されるとき、選択肢の一つとして「産地に送って洗う」という方法があります。日本のクリーニング業者でもペルシャ絨毯を扱える店はありますが、クムの水と気候、伝統技法による仕上がりは、その地でしか得られない部分があります。
費用や日数は、国内でのクリーニングよりかかります。輸送と通関の時間も含めると、戻ってくるまでに数ヶ月かかることもあります。それでも、何十年と使い続ける一枚、特に高密度のシルク絨毯やアンティーク作品については、産地クリーニングを検討する価値があります。
ゴレスタンでは、現地の信頼できる工房との関係を活かして、産地クリーニングの取り次ぎを承っています。「織り上がったときの艶を取り戻したい」「子の代に譲る前に整えておきたい」といったご希望があれば、ご相談ください。費用と日数の目安、輸送中の保険など、判断に必要な情報をお伝えします。
洗い職人の見極め
洗いの仕上がりは、職人の見極めで大きく変わります。水の温度、石鹸の量、ブラシの力加減、脱水の角度、その日の天候を読んだ乾燥の判断。一つひとつの選択が、絨毯の最終的な艶と柔らかさに影響します。
不十分な洗いは、絨毯を硬いまま残します。逆に強すぎる洗いは、繊細な繊維を傷めて色を損なう。長年同じ工房で仕事をしてきた職人は、織り目を見ただけで適切な洗い加減を判断できると言われます。
表からは見えにくい工程ですが、ペルシャ絨毯の品質を最終的に決めているのは、この洗いの職人たちの判断です。クムの工房を訪ねるたびに、織り手と並んで洗い職人の名前を尊敬を込めて口にする人たちに会います。完成した一枚の艶の奥には、見えない職人の判断が積み重なっています。
気になる一枚は見つかりましたか?
サイズ・ご予算・お部屋に合うかなど、店主が一つずつご相談に乗ります。
