ペルシャ絨毯の全工程を解説

目次

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    1. 製図工程

    全てのペルシャ絨毯作りは、まず「どんな絨毯を織るか」というデザインを決めることから始まります。

    • 遊牧民の絨毯: 設計図なしで、織り手の感性で自由に織られることも多く、素朴で一点物の魅力があります。
    • 都市工房の絨毯: より緻密なデザインを実現するため、専門の図案師が方眼紙のようなものに設計図(製図)を描きます。この一マスが一つの結び目に対応し、色や模様を正確に指定します。これが、複雑で美しい模様の基礎となります。

    この最初のデザイン工程が、完成する絨毯の芸術性を方向づけるのです。

    2. 染色工程

    次に、ペルシャ絨毯の豊かな色彩を生み出す染色工程です。

    1. 洗い: まず、素材となる羊毛やシルクの糸から、油分や汚れをきれいに洗い流します。
    2. 染色: 天然染料(草木や虫など自然由来)や化学染料を使い、糸を染め上げます。職人は、染料に浸す時間や温度、色の定着を助ける媒染剤の使い方など、長年の経験と勘で美しい色を引き出します。天然染料は、時間とともに深みを増すのが魅力です。
    3. 洗い(ソーピング): 最後に、余分な染料を洗い流し、色を安定させます。

    丁寧な染色工程を経た糸だけが、ペルシャ絨毯の美しい色彩と耐久性を実現するのです。

    3. 織り台の工程

    いよいよ織りへ…とその前に、とても大切な「織り台」という工程があります。これは、絨毯の上下の端になる部分を作る作業です。

    織り機に縦糸(経糸)を通します。これが後々、フリンジ(房)となる部分です。地味に見えるかもしれませんが、この織り台が絨毯全体の形を安定させ、端のほつれを防ぐという重要な役割を果たしています。しっかりとした土台があるからこそ、その上に美しいパイルを織り上げていけるのです。

    4. 手織り工程

    さあ、いよいよペルシャ絨毯の最大の特徴であり、あの心地よい踏み心地(=浮遊感)を生み出す「手織り」です! 絨毯の表面の、ふかふかの毛足(パイル)を作る工程ですね。

    • 結び方: 前述した「ペルシャ結び」や「トルコ結び」といった方法で、一本一本のパイル糸を、手で縦糸に結びつけていきます。
    • 結ぶ・切る・固定: 結び終わったら余分な糸をナイフでカットし、緯糸を通して櫛で打ち込み、結び目を固定します。

    この地道な作業を、何十万回、何百万回と繰り返すことで、絨毯の表面に無数の独立したパイルが上向きにびっしりと立ち並びます。

    "浮遊感"は、こうして生まれる!

    高級な手織り絨毯として知られるペルシャ絨毯ですが、その上に立った時の、まるで宙に浮いているような、ふわりとした独特の感覚…いわゆる「浮遊感」を体験されたことはありますか?

    「絨毯なのに、なぜあんなに気持ちいいの?」「どうやって作っているんだろう?」 その心地よさは、ペルシャ絨毯ならではの、伝統的な製作工程の中に隠されています。

    この「一本一本独立して、上向きに密集して立っているパイル構造」こそが、ペルシャ絨毯の踏み心地の秘密です! 無数の毛先が、まるで柔らかなクッションや高密度のブラシのように足裏全体を受け止め、体重を分散させます。そして、それぞれのパイルが持つ弾力で、下からふわりと優しく押し返してくる…。これが、あの“浮遊感”とも表現される、独特で贅沢な感覚の正体なのです。

    これは、単に毛足が長いだけでは生まれない、手織りで一本一本結びつけるからこそ実現できる、特別な心地よさと言えるでしょう。

    5. 織機から降ろす工程

    ペルシャ絨毯を織機から降ろす工程は、数ヶ月、時には数年にわたる緻密な織りの作業が完了したことを示す、非常に重要で慎重さが求められる瞬間です。これは「機降ろし(はたおろし)」とも呼ばれ、単に織機から外すだけでなく、絨毯を次の仕上げ工程へと送り出すための準備作業でもあります。

    ペルシャ絨毯の機降ろしは、おおよそ以下の手順で行われます。

    1) 織り終い(キリム部分の製作)

    絨毯本体のパイル(毛足)をすべて結び終えたら、すぐに経糸(たていと)を切るわけではありません。まず、絨毯の上下の端、つまり房(フリンジ)の付け根となる部分が解(ほつ)れないように、パイルのない平織りの部分(「キリム」と呼ばれます)を数cm織り込みます。

    2) 端の補強(解れ止め)

    織り込んだキリム部分が解けてしまわないよう、その端にさらに「チェーンステッチ」や「かがり縫い」のような丈夫な縫い(補強)を施します。これにより、絨毯本体の構造がしっかりと固定されます。

    3) 経糸の切断(機降ろし)

    上記の準備がすべて完了した後、ついに絨毯を織機に固定している上下の経糸を、専用の鋏(はさみ)やナイフで切断していきます。

    • シルクならではの慎重さ: シルク糸は非常にデリケートで滑りやすく、また高価です。そのため、作業は結び目が緩んだり、糸が損傷したりしないよう、細心の注意を払いながら行われます。

    • 房(フリンジ)の誕生: この時、織機の上部と下部で切断された経糸の束が、そのまま絨毯の「房(フリンジ)」となります。

    4) 機降ろし後の状態

    織機から降ろされたばかりのペルシャ絨毯は、まだ「完成品」ではありません。この時点では、以下のような状態です。

    • 表面の毛足(パイル)の長さが不揃い。

    • 織りの工程で出た細かな糸くずや埃が付着している。

    • 全体の形状に若干の歪みが生じている場合がある。

    • シルク本来の光沢がまだ十分に引き出されていない。

    6. シャーリング工程

    織り上がったばかりのペルシャ絨毯は、まず乾燥され、その後、全体の形を整えることから始まります。裏側から丁寧にアイロンをかけ、時には板に釘で固定してピンと張りながら、織りの工程で生じたわずかな歪みを、ミリ単位で矯正していくのです。これで、まず絨毯の佇まいが、凛と美しく整います。

    そして、いよいよ最初の「魔法のカット」、シャーリングの出番です! これは、絨毯の表面に出ている毛足(パイル)の長さを、扇形のような特殊な刃物や専用の機械を使って、まるで腕の良い理髪師がお客様の髪を整えるように、均一に、そして美しく刈り揃えていく作業。まさに職人技が光る瞬間です。

    なぜ、このシャーリングがそんなに大切なのでしょう?

    • デザインが、くっきり鮮やかに! パイルの高さがピシッと揃うことで、それまで少しぼんやりと見えていた絨毯のデザインや模様の輪郭が、驚くほどシャープになります。まるで、ピントが合った写真のように、絨毯の表情が生き生きと、そして立体的に浮かび上がってくるんです。
    • シルクやウールの「艶」が、最大限に引き出される! 均一に刈り揃えられた毛足は、光をとてもきれいに反射します。これにより、素材が持つ本来の光沢が一気に花開き、見る角度によって色の濃淡や陰影が生まれ、何とも言えない美しい表情を見せてくれるのです。

    ほんのわずかな削り加減の違い、刃の角度ひとつで、絨毯の印象がガラリと変わってしまうため、職人さんの長年の経験と研ぎ澄まされた感覚だけが頼り。この一手間があるからこそ、ペルシャ絨毯は、ただの敷物を超えた、芸術品のようなオーラを纏うのですね。

     

    7. 絨毯の洗い工程

    シャーリングで美しくカットされたペルシャ絨毯は、次に「洗い」の工程へと進みます。 「えっ、あんなに大きな絨毯を、水でじゃぶじゃぶ洗っちゃうの!?」と、ちょっと心配になりますよね。でも、ご安心ください。ここにも、ペルシャの地に古くから伝わる、素晴らしい知恵と技術があるのです。

    熟練の職人たちは、たっぷりの水をかけ、石鹸(多くは自然由来の、繊維に優しいものが使われます)を使い、大きなブラシで、大胆かつ丁寧に絨毯を洗い上げていきます。

    この「洗い」には、いくつかの大切な意味が込められています。

    • 見えない汚れも、余分な染料も、さようなら! 織りの間に潜んでいた細かなホコリや、シャーリングで出た繊維のくず、そして糸にわずかに残っていた余分な染料などを、ここで徹底的に洗い流します。これにより、ペルシャ絨毯本来の色がより鮮やかになり、衛生的にもなるのです。
    • 肌触りが、もっと優しく、もっと柔らかに! 洗うことで繊維が適度にほぐれ、絨毯全体がよりふっくらと、しなやかになります。まるで、温泉に入って心も体もリフレッシュした後のような、さっぱりと気持ちの良い仕上がりになるわけです。
    • 織り目がキュッと締まり、安定感アップ! 水分を含んで乾く過程で、織り目が程よく締まり、絨毯全体がより安定し、丈夫さも増します。

    洗い終わった絨毯は、もちろん洗濯機で脱水、なんてことはできません。そこで登場するのが、鍬(くわ)に似た、大きな鉄製のヘラのような道具。これで、絨毯の表面を何度もこするようにして、丁寧に、少しずつ水分を押し出していきます。もちろん、大切なパイルを傷めないように、力加減は絶妙です。

    そして最後は、太陽の光をいっぱいに浴びての天日干し。特に、ペルシャ絨毯の産地であるイランのクム地方などは、空気がとても乾燥していて、さらにその土地の水に適度な塩分が含まれているため、絨毯をより柔らかく、美しく仕上げるのに最適な環境なのだとか。湿度が10%以下になるようなカラッとした夏の時期は、乾燥も早く、最高の仕上がりになるそうですよ。まさに、自然の恵みも味方につけているんですね。

     

    クムの水は絨毯を別格の柔らかさにする

    ペルシャ絨毯、特にシルクの絨毯が、この「洗い」の工程を経て、まるで生まれ変わったかのようにしなやかになる…。その秘密の一つとして、語り継がれているのが、「クムの水質」です。

    イラン中部に位置する聖都クム。この地域の水には、ごく微量の塩分が、まるで自然の魔法のように絶妙なバランスで含まれていると言われています。そして、この特別な水が、シルクやウールの繊維に優しく作用し、絨毯を驚くほど柔らかく、他では決して真似のできない独特の、とろけるような風合いに仕上げます。

    その効果は絶大で、タブリーズやイスファハンといった他の有名な産地で織られた最高級のペルシャ絨毯でさえ、わざわざこのクムの地へ運び込まれ、「洗い」の工程だけを専門の職人に託す、ということも珍しくありません。それほどまでに、クムの水と、そこで長年培われてきた洗いの技術は、ペルシャ絨毯の品質にとって、かけがえのない、特別な意味を持っているのです。

    8. 再シャーリング

    「洗い」が終わって、太陽の光でしっかりと乾燥したペルシャ絨毯。これでようやく完成!…と、思わず拍手したくなりますが、実はまだ、職人たちの「魔法」は終わらないんです。なんと、ここでもう一度、シャーリング(手削り)の作業が行われます!

    「ええっ、また削るの!?」と驚かれるのも無理はありません。でも、これこそが、ペルシャ絨毯の品質を決定づける、職人たちの完璧さへの、執念とも言えるこだわりの表れなのです。

    最初のシャーリングで大まかなパイルの高さを整え、「洗い」で繊維が落ち着いた後、この再シャーリングで、本当にミリ単位の、細心の注意を払った最終調整を行います。ここで、ほんのわずかでも高さが不均一だったり、一本でも飛び出している毛足があったりすると、せっかくの美しい模様がぼやけて見えたり、手触りが損なわれたりしてしまうからです。

    この最終的な仕上げのさじ加減は、マニュアルがあるわけではありません。まさに、長年培ってきた職人の「勘」と「経験」、そして指先の鋭い感覚だけが頼り。絨毯の表面を滑らかに、そして模様が最も美しく、生き生きと見えるように、丁寧に、丁寧に毛足を整えていくのです。これぞ、まさに「画竜点睛」、最後のひと筆ならぬ「魂を込めた、ひと削り」ですね。

    9. フリンジとエッジの装飾

    さて、いよいよ本当に最後の仕上げです。絨毯の「顔」とも言える模様部分は、これ以上ないほど完璧に仕上がりました。でも、その周り、つまりフリンジ(房)やエッジ(縁)の部分も、美しく、そして丈夫に仕上げなければ、真の完成とは言えません。

    • フリンジの処理: 絨毯の縦糸の端にあたる部分を、一本一本、ほつれないように丁寧に結び、見た目にも愛らしく、そして品格のある房状に整えます。このフリンジの処理の仕方にも、実は産地や工房ごとの特徴や、職人の個性が表れたりするんですよ。
    • エッジの補強: 絨毯の左右の縁の部分は、日々の使用で擦り切れたりしやすい場所です。ここに、絨毯本体と同じ素材の糸(またはそれに近い丈夫な糸)を、縦糸に沿って何重にも、しっかりと巻きつけて補強します。これで、絨毯の形が崩れるのを防ぎ、何十年もの使用に耐える頑丈さが生まれるのです。

    どんな素晴らしい芸術品も、「細部の作り込みが、全体の完成度を左右する」と言われますが、ペルシャ絨毯もまさにその通り。この最後の仕上げを丁寧に行うことで、見た目の美しさだけでなく、長く安心して愛用できる「本物の品質」が、その一枚に宿るわけです。

    まとめ

    ペルシャ絨毯が織り上がるまでの、本当に気の遠くなるような手間暇がかかっていました。後工程…手削り(シャーリング)、洗い、再手削り、そして最終仕上げ…これら、一つ一つに意味のある丁寧な作業があって初めて、ペルシャ絨毯は、単なる「織物」から、息をのむような輝きと、人を惹きつけてやまない不思議な「オーラ」を放つ「一点ものの芸術品」へと、まるで魔法のように昇華するのです。

    この、気の遠くなるような丁寧な手仕事の積み重ねがあるからこそ、

    • まるで宙に浮くような、心地よい踏み心地(浮遊感)
    • 時を経ても美しい、深みのある色彩
    • 世代を超えて使えるほどの、驚くべき耐久性
    • 手削りで、隠れていた模様がくっきりと、立体的に浮かび上がり、
    • 洗いで、余分なものが全て洗い流され、すっきりと清潔に、そして風合いはより柔らかく、しなやかに、
    • 再手削りで、完璧なまでの滑らかな表情と、最高の光沢が与えられ、
    • 最後の房とエッジの処理で、美しさと共に、永く使える本物の耐久性が宿る。

    といった、ペルシャ絨毯ならではの魅力が生まれるのです。

    ペルシャ絨毯に触れる機会があったら、ぜひ足元から伝わるその感触を、じっくりと味わってみてください。その「ふわっ」とした感触の裏には、数えきれないほどの結び目と、職人たちの惜しみない時間、そして技術が詰まっている…そう思うと、絨毯への愛着も、さらに深まるのではないでしょうか。

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