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ペルシャ絨毯の歴史 — パジリクから現代のクムまで

ペルシャ絨毯の歴史 — パジリクから現代のクムまで

サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に、紀元前5世紀の絨毯が一枚、ガラスケースの中に展示されています。「パジリク絨毯」と呼ばれるその一枚は、ペルシャ絨毯の歴史を語るうえで欠かせない出発点です。私もはじめて目にしたときは、二千年以上前のものとは思えないほど精巧な織り目と、しっかり残った文様に立ち止まってしまいました。

ペルシャ絨毯の歴史は、二千年、三千年というスケールで語られます。長い間に技法や産地が変わり、絨毯は権力者の宝物にもなり、海を越えて日本にも届いた。ここでは、起源のパジリク絨毯から、サファヴィー朝の黄金期、京都祇園祭への伝来、そして現代のクムまで、要点をたどっていきます。

起源 — パジリク絨毯と砂漠の暮らし

パジリク絨毯 — 紀元前5世紀、シベリアの永久凍土から発掘、エルミタージュ美術館所蔵

1949年、ロシアの考古学者がアルタイ山脈のパジリク古墳から、ほぼ完全な状態で保存された絨毯を発見しました。年代は紀元前5世紀ごろと推定され、これが現存最古の絨毯と言われています。永久凍土に閉じ込められていたために、二千年以上も色や織り目を保ったまま残っていたのです。

パジリク絨毯には、馬や鹿、人間像、植物の文様が緻密に織り込まれています。ペルシャ絨毯の原型と呼ばれているのは、文様の構成や織りの密度が、現代のペルシャ絨毯と直接つながる特徴を持っているためです。紀元前5世紀の段階で、すでに高度な手織りの技術が確立していたことが分かります。

絨毯文化が花開いた背景には、ペルシャ高原の厳しい気候があります。夏は乾燥して暑く、冬は凍えるほど寒い。砂漠の遊牧民たちは、羊の毛を圧縮したフェルト、続いて糸に紡いで織る布、そして敷いて使う絨毯へと、暮らしの道具を発展させてきました。「美しさ」と「実用」が同じ手仕事の中で育まれたのが、ペルシャ絨毯の出発点です。

サファヴィー朝の黄金期 — 王宮の美術品として

16世紀のサファヴィー朝期に、ペルシャ絨毯は宮廷の美術品として頂点を迎えます。代表作の一つが、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館に所蔵されている「アルデビル絨毯」。1539〜40年頃に制作されたとされ、複数の熟練職人が長い年月をかけて織り上げた大作です。中央のメダリオン文様、繊細な唐草、金属糸を含むハイライトなど、宮廷の最高級品らしい設計が随所に見られます。

同時代のペルシャでは、王宮の絨毯は外交の贈り物としても使われました。ヨーロッパの王侯にも贈られ、その豪華さがオリエンタル絨毯への憧れを生むきっかけになります。各地の宮廷工房に職人が集められ、図案師(ナガーシュ)と織り手(バフテガル)の分業体制が整えられたのもこの時期です。

カタール、ドーハのイスラム美術館に所蔵されているシルク製のペルシャ絨毯のように、完成までに非常に長い時間を要した作品も知られています。素材、技術、時間の三つが揃ったときに何が生まれるのか、この時代の名品が示しています。

日本との出会い — 京都祇園祭の山鉾

京都祇園祭の山鉾を飾るオリエンタル絨毯 — 日本に伝来したペルシャ絨毯文化

ペルシャ絨毯が日本に届いた記録は、17世紀ごろまでさかのぼります。海上交易を通じて、ペルシャ・インド・トルコの絨毯が長崎に運ばれ、京都の有力な町衆の手に渡ったとされています。

そのうちの何枚かが、京都祇園祭の山鉾の懸装品(けそうひん)として今も使われています。山鉾を飾る豪華な絨毯やタペストリーは、ペルシャやムガル朝インド、オスマン帝国に由来するものが含まれており、町衆が遠い土地の最高級品を取り寄せて、自分たちの祭りを格上げしたという文化史の証拠でもあります。

祇園祭の懸装品としての絨毯は、日本でペルシャ絨毯文化が早くから根付いていたことを物語っています。床に敷くだけでなく、壁を飾り、祭りの背景になるという、絨毯の用途の広さもここから読み取れます。

19世紀以降 — 世界に広がる輸出品

19世紀以降、ペルシャ絨毯はヨーロッパへの輸出が活発化しました。タブリーズの商人がイギリスやドイツの市場に向けて織りを組織化し、ロンドン、ハンブルク、ニューヨークの絨毯商が、ペルシャ絨毯を世界に広めていきます。

20世紀に入ると、産地ごとの個性がより明確になりました。タブリーズは堅牢で大型のウール絨毯、イスファハーンは精緻な絵画的構図、ナインは淡色の上品なウール&シルク、そしてクムは新興の産地としてシルクで頭角を現します。1970年代以降のクムの急速な発展は、ペルシャ絨毯の歴史の中でも比較的新しい出来事です。

現代のクム — 新興産地としての興隆

現代のクム産シルク絨毯 — セディギヤン工房のリビング大型メダリオン(140×215cm)

クムは、ペルシャ絨毯の主要産地としては最も歴史が浅い土地です。本格的な織りが始まったのは19世紀末から20世紀初頭にかけて。それでも、シルクという素材を選び、他産地の技法を貪欲に取り入れた結果、20世紀後半には「シルクならクム」と呼ばれる地位を手に入れました。

クムには現在、大小数百の工房があります。ジャムシディ家系の本家(モハマド・ジャムシディ)、息子マスウード、甥アッバス、別系のジャファル。ミルメヒディ、アルバル、エスハギ、セディギヤン、サマディ、ファラヒといった、それぞれに作風を持つ工房が現在も活動しています。古典的な構図を守る工房もあれば、現代的な抽象構図を試みる工房もある。歴史の中で蓄積された技術が、今も日々織り続けられています。

動画のジャムシディ工房の作品は、織期間18ヶ月の草木染。パジリク絨毯から二千五百年、サファヴィー朝の宮廷工房から五百年たった今も、手で結び、植物で染めるという基本は変わっていません。

歴史を知ると、一枚の見方が変わる

ペルシャ絨毯の一枚を前にしたとき、それが二千年以上続く手仕事の系譜の上にあると分かると、見方が少し変わってきます。糸の選び方、染色の判断、文様の構成、織り目の詰まり。どれも、長い時間の中で淘汰されてきた職人たちの判断の積み重ねです。

ゴレスタンが扱うのはクム産のシルク絨毯が中心ですが、その背景には、パジリクから続く三千年のペルシャ絨毯の歴史があります。一枚の絨毯を選ぶときに、産地や工房だけでなく、その奥にある時間の流れにも、少し目を向けていただけたら嬉しく思います。

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