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絹糸ができるまで — 蚕の卵から繭、乾繭、製糸へ

絹糸ができるまで — 蚕の卵から繭、乾繭、製糸へ

クムを訪ねる旅の途中で、養蚕農家を見学させてもらったことがあります。広い棚に並んだ桑の葉の上で、無数の幼虫が一斉に葉を食む音が、雨が降るような独特の響きでした。「この子たちが、絨毯のシルクになるんですよ」と農家の方が説明してくれて、ようやく一枚のクム絨毯と、目の前の小さないきものが結びつきました。

蚕の繭(まゆ) — 桑の葉の上で作られる白い繭、ペルシャ絨毯のシルク糸の出発点

ペルシャ絨毯、特にクム産のシルク絨毯の輝きは、織りや染色の技術だけで生まれているわけではありません。糸そのものの質、そしてその糸を作る蚕の卵から繭、乾繭、製糸という長い工程が、最終的な絨毯の艶と滑らかさを決めています。ここでは、絹糸ができるまでの全工程を、一段ずつ追っていきます。

蚕の卵 — 25℃で守られる始まり

すべては、ゴマ粒より小さな卵から始まります。蚕(かいこ)は何千年もかけて人と暮らすために改良されたいきもので、いまや野生に存在しません。成虫の蛾は飛ぶことも食べることもほぼせず、短い一生で次世代の卵を産むことに専念します。一匹の雌が産む卵の数は、およそ300〜500個。

養蚕農家は、この卵を温度約25℃、湿度70%前後の環境で慎重に管理します。温度が高すぎても低すぎても、孵化のタイミングや幼虫の健康に影響が出ます。卵の段階での管理が、最終的なシルク糸の品質に直結する第一歩です。

桑の葉と幼虫 — 1ヶ月の集中食事

孵化した幼虫は、ひたすら桑の葉を食べ続けます。生まれたばかりは数ミリの大きさですが、約1ヶ月で5cm前後まで成長します。期間中に4回ほど脱皮を繰り返し、そのたびに食欲が増していく。

桑の葉の質も、シルクの品質を左右します。柔らかく新鮮な葉を、毎日決まった時間に与え続ける。農家にとっては、毎日の桑摘みと給餌が休めない仕事になります。

繭づくり — 1本の糸が1,000〜1,500m

十分に成長した蚕は、いよいよ「繭」を作ります。自分の口から細い絹の糸を吐き出しながら、頭を8の字に動かして自分の体を包み込んでいく。約2〜3日かけて完成する繭の中で、蚕は蛹(さなぎ)になります。

一つの繭から取れる糸の長さは、約1,000〜1,500mと言われます。一匹の小さないきものから、それだけ長い1本の糸が連続して取れるのは、生き物としては例外的なこと。

乾繭(かんけん) — 蛾を防ぎ、糸の質を整える

蚕が作り終えた繭をそのまま放置すると、中の蛹はやがて蛾になり、繭を破って出てきます。そうなると、せっかくの長い1本糸が途中で切れてしまい、長くつながった糸を取れなくなります。

これを防ぐために、繭を適切に乾燥させる工程が必要です。これを「乾繭(かんけん)」と呼びます。乾燥のさせ方が、後の絹糸の質に大きく影響します。

乾繭の方法には、伝統的な自然乾燥と、現代の機械乾燥があります。

  • 自然乾燥: ペルシャでは古くから、日陰の風通しの良い場所に繭を広げて、ペルシャ高原の乾いた空気でゆっくり乾かしてきました。今も小規模な工房ではこの方法が選ばれます。
  • 温風乾燥: 温度と湿度を機械で精密に管理しながら、温かい風を当てて均一に乾かします。短時間でムラなく仕上がるのが利点。
  • 真空乾燥: 真空に近い状態で水分をコントロールしながら乾燥させる方法。繭の内部まで均一に整えられます。

適切に乾燥された繭からは、糸切れの少ない丈夫な糸、太さの揃ったなめらかな糸、本来の光沢を保った糸が取れます。逆に乾燥が不十分だったり強すぎたりすると、糸が切れやすくなったり、艶が損なわれたりします。クム産のように細く均一な糸を必要とする産地では、この乾繭の精度が特に重要になります。

製糸 — 繭から糸を引き出す

撚りをかけた白い生糸の束 — 製糸を経た直後の絹糸

乾燥された繭を温水に浸して、絹糸の表面を覆っているセリシン(タンパク質)を柔らかくします。次に、糸口を見つけて、複数の繭から取り出した糸を一本にまとめながら巻き取っていく。これが製糸の工程です。

1本の繭の糸は細すぎて、そのままでは絨毯の糸として使えません。複数の繭の糸をまとめて、目的の太さの糸を作ります。撚り(より)をかけることで、糸の強さと艶が決まります。撚りの強さや回数は、織る絨毯の用途によって調整されます。

細密なクムのシルク絨毯では、ごく細い糸を複数本撚り合わせる繊細な仕事が必要です。製糸の段階で太さが揃っていないと、織り上がったときに密度のムラが出ます。

染色 — 糸に色を入れる

染色済みの色とりどりのシルク糸の束 — 工房で織機に並ぶ準備が整った糸

製糸を経た白い生糸は、続いて染色の工程に入ります。天然染料(藍、ザクロ、ウコン、アカネ、クルミ等)あるいは合成染料を使って、織機にかかる色を整えていきます。染色職人は、染料の濃さ、温度、浸す時間、媒染剤の選び方を経験で調整します。

染色済みの糸は、写真のように工房で束ねられて織機の周りに並びます。一つの絨毯に20色、30色を使うことも珍しくないので、糸を準備するだけで相当な工程になります。素材選びと染色の流れは、 ウールとシルク — 最初の一枚にどちらを選ぶか もあわせてご覧ください。

1平方メートルの絨毯に必要な繭の数

ここまでの工程を経て、ようやく絨毯を織るための糸が用意できます。では、1平方メートルのクム産シルク絨毯を織るのに、どれくらいの繭が必要でしょうか。

計算上、約400〜600個の繭が必要と言われます。糸の総延長にすると約40〜60キロメートル。東京駅から箱根の芦ノ湖までの距離に近い長さの絹糸が、たった1平方メートルの絨毯に詰まっていることになります。

2メートル×3メートルのリビングサイズなら、繭の数は2,400〜3,600個、糸の総延長は240〜360キロメートル。一枚の絨毯を支える素材の量を考えると、価格帯がどうしてあの水準になるのかが、少し具体的に見えてきます。

蚕から絨毯まで — 見えない仕事の積み重ね

完成したクム産シルク絨毯 — 蚕の繭から始まる長い工程の到達点

クム産シルク絨毯の艶は、織りの技術や染色の腕だけで生まれるわけではありません。卵の管理、桑の葉の選び方、繭の乾燥、製糸の撚り、染色の温度管理。一つひとつの工程に、それぞれの専門家がいて、それぞれの判断が積み重なって、ようやく一本のシルク糸が織機にかかります。

店頭でクム産シルク絨毯を手に取られたとき、糸の細さや均一さ、艶の深さを見ていただくと、その背景に蚕の卵から続く長い工程があることを少しだけ思い出してみてください。一枚の絨毯は、織り手だけでなく、養蚕農家、製糸職人、染色職人、洗いの職人と、多くの人の手を経て手元に届いています。

絨毯ができあがるまでの織りや仕上げの工程については、 ペルシャ絨毯ができるまで — 製図から仕上げまでの工程 にまとめています。糸の話の先で、どのように一枚の絨毯になっていくのかも、よろしければ続けてご覧ください。

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