水平織機と垂直織機 — 都市と遊牧民の道具

クムの工房に入って最初に目に入るのは、天井に向かって伸びる大きな垂直織機です。多色のシルク糸が織機の上部に並び、織りかけの絨毯が床に向かってぶら下がっている。一方、トルコ国境近くのアシャイェリの遊牧民を訪ねたときは、まったく違う光景でした。彼らの織機は地面に水平に置かれていて、移動の朝には簡単に分解して背負っていけるくらいの簡素さだったのです。
ペルシャ絨毯を織るための「織機」には、大きく分けて二つの形があります。水平織機と垂直織機。この違いは単なる構造の違いではなく、織り手の暮らし方、作品のサイズ、そして仕上がりの精緻さに直結しています。
水平織機 — 遊牧民の暮らしに合った道具
水平織機は、地面に平行に縦糸を張る形の織機です。アシャイェリ系をはじめとした遊牧民や、半遊牧民の暮らしに合わせて発展してきました。
最大の特徴は、簡素で軽量、分解と組み立てが容易なこと。テントを移動する朝に一緒に運び、新しい場所で再び組み立てて、続きを織ることができます。年に数回の移動を繰り返す暮らしの中で、織機が「持ち運べる道具」であることは生活の前提条件でした。
ただし、構造上、織れる絨毯のサイズは小さめに限られます。地面に縦糸を張る方法では、長さの確保が難しいためです。バフティヤーリ、カシュカイ、シャーセヴァンといった部族系絨毯の素朴な小品の多くは、水平織機で織られています。
素朴で力強い民族的な意匠の絨毯は、こうした道具と暮らしから生まれてきました。「持ち運べる織機」という制約が、結果として遊牧民系絨毯の独特の風合いを生んでいると言えます。
垂直織機 — 都市工房の大型作品向け
垂直織機は、縦糸を上下に張る大型の織機で、定住型の都市工房で使われます。クム、イスファハーン、タブリーズ、ナインなど、ペルシャ絨毯の主要産地はすべて垂直織機を使う工房です。
垂直織機の利点は、大きく三つあります。一つ目は、縦に長い縦糸を張れるので、リビングサイズや応接間サイズの大型絨毯まで織れること。二つ目は、縦糸の張り具合(テンション)を細かく調整できるので、高密度の作品を仕上げられること。三つ目は、織機自体が安定しているので、長期間の作業でも歪みが出にくいこと。
クムのシルク絨毯のように、1平方メートル100万ノット以上の高密度作品は、垂直織機でしか織れません。織り手は椅子に座って、目線の高さで一つひとつの結び目を確認しながら作業します。長時間同じ姿勢を保ち続ける集中力が要る仕事です。
織機の主要パーツ
水平織機も垂直織機も、基本構造は共通しています。主要なパーツの役割を簡単に整理します。
- 経糸(縦糸): 織機にしっかり張られ、絨毯の骨格を支える糸。一般的にはコットン、高密度のクム産シルクなどではシルクの縦糸を使うこともあります。
- 緯糸(横糸): 結び目の段ごとに横方向に通す糸。結び目を固定し、絨毯全体の強度を高めます。
- ビーム: 織り上がった部分を巻き取るロッド。織りが進むにつれて絨毯を巻き取り、織り手の作業スペースを保ちます。
- テンション調整装置: 縦糸の張り具合を一定に保つ装置。これが緩いと結び目が不揃いになるので、織機の中でも特に重要なパーツです。
素材選び(縦糸がコットンかシルクか、パイルがウールかシルクか)については、 ウールとシルク — 最初の一枚にどちらを選ぶか で詳しく書いています。
織機と作品の関係 — どちらが優れているか、ではない
水平織機と垂直織機、どちらが優れているという話ではありません。それぞれが、織り手の暮らしと作品の規模に合わせて発展してきた道具です。
遊牧民の小さな絨毯には、水平織機の素朴さと機動性が合っています。土地の素材で、土地の図案を、暮らしのリズムで織る。一方、都市の工房で何年もかけて織られる大型のシルク絨毯には、垂直織機の安定性と精度が必要です。図案師、染色職人、織り手、洗いの職人といった分業が成立するのも、定住型の工房ならではです。
絨毯を選ぶときに「どちらの織機で織られたか」を直接考える必要はありません。ただ、手に取った一枚が遊牧民系の素朴な趣を持つのか、都市工房の精緻な仕上がりなのかを見るときに、織機の違いが背景にあると知っていると、作品の理解が少し深まります。
機械織りとの違い
市場には機械織りの絨毯も多く流通しています。機械織りは、結び目を「結ぶ」のではなく、別の方法でパイルを基布に植え付けていく構造で、外見は似ていても根本的に別物です。
機械織りの裏面には、手織り特有の結び目模様が見えません。列が機械的に均一に並び、手織りで生じる微妙な揺らぎや個性がありません。価格も大きく違いますし、長期使用に対する耐久性も別物です。
「シルク100% 高密度」を強調しながらノット数だけが極端に大きい商品(225万ノット級など)は、機械織りの可能性が高いと考えてよいでしょう。手織りと機械織りの見分け方については、 ノット数とラジ — 数字より体感で語る織りの密度 で具体的に書いています。
道具と人の関係
織機は、ペルシャ絨毯を織るための道具にすぎません。けれど、その道具の前に座って何ヶ月、何年と糸を結び続ける人がいて、初めて一枚の絨毯が生まれます。
クムの工房で年配の織り手が「織機は私の体の一部のようなものだ」と話してくれたことがあります。長く同じ織機の前に座り続けることで、縦糸の張り具合や、織機が立てる微かな音まで、体に馴染んでいくのだそうです。完成した絨毯を見るときに、織った人の姿勢や、その人が向き合っていた織機のことも、ほんの少し想像していただけたらと思います。
ペルシャ絨毯ができるまでの全工程の流れは、 ペルシャ絨毯ができるまで — 製図から仕上げまでの工程 にまとめています。織機の話は、その中の「織り台」と「手織り」の工程にあたります。
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サイズ・ご予算・お部屋に合うかなど、店主が一つずつご相談に乗ります。
